もしかして土曜日?

「明日も仕事やだなぁ~・・・もしかして土曜日?」。土曜日も仕事ですけど。

あけましたおめでたふ、今年もよろしくござ候。

寒空の下、真っ赤なモコモコの服を着ながらピザを配達するお兄ちゃんの姿を見て「あー、今年もこの時期がきたかぁ…」と思っていたのが早一ヶ月ちょっと前。

生まれてからこの方ずっと雪国にいるんだけど、まぁホワイトっていうにはアスファルト感がハンパ無かったし、何なら「あのお兄ちゃん、すっげーしかめっ面でピザを配り歩いてるけど大丈夫?」っつーくらいのブラック感の方がハンパ無かった。そんな配達員の名前は武藤さん、なんつって。

 

あ、久しぶりだから温度とか伝わってないかもわかりませんが、ここで言う武藤さんについてはブラック企業に勤めているんじゃねーか的な冗談と無糖コーヒーのブラックが掛かってますからねー。

さらに言うなら「ホワイトクリスマスって言葉とは程遠いくらい雪がありませんでしたよー」的な色に関する前フリもありましたからねー。これ、すっげー面白いやつです。

 

そうそう。クリスマスは仕事ですよ、仕事。去年も仕事、一昨年も仕事…。「あれ?ウチの家系ってサンタの系譜かなんかだっけ?」っつーくらいクリスマスはここ何年も仕事してますね。

思えば幼少の頃、シゲちゃんが持ってて楽しそうだったゲームソフトをサンタさんにお願いしたのにも関わらず、売り切れだったと書置きを残して計算ドリルを置いてったという、伝説と爪痕を残していった我が家担当のサンタよりは明らかに仕事してますね、はい。

 

そしてお正月も終わり、そろそろブログでも書くかなーっつって久々にアプリを立ち上げたらまぁ世間の話題がバレンタインに向かっていたと。そして何やら「義理チョコっていらねーんじゃね?」とか言い出してるらしい。

なんか色々とビックリするわー。個人的には新年あけてすぐブログを書いてる気持ちなんだけど、もう2月ですかい。クリスマスが終わったと思ったら今度はバレンタインですかい。

 

個人的にはね、個人的にはですよ?2月14日に何かを贈るっていう風習がなくならねーかなーって思う。っつーか、お中元、お歳暮、年賀状…その他もろもろなんだけど。

とりあえずネーミングが悪いよね義理って。かと言って友チョコだのレズチョコだの何だかんだで結び付けていくセンスもどうかと思うわけで。

 

個人的には義理チョコ自体にそこまで敵意はないんだけど、義理チョコは要らないって思っている人も結構いるって考えがもっと浸透しないかなーって思う。

これ深いよ、自分で言うのもあれだけどかなり深い。そしてこじらせ男子の意見としては、女性側にとって不快…かも。

 

自慢じゃないけど、小学校の6年間で同級生の女の子から義理チョコすら貰えなかった立場として言わせてもらうと、それを家に帰って問いただされるわけですよ。鬼みたいな顔をした母親から「誰かからチョコは貰えたの?」と。

ほんで憐みの顔をした母親から溜息と一緒に義理チョコを渡され、父親からは「父さんは両手に抱えきれないくらいの…」という「お前は嵐かっ!?」っつーくらいの自慢話を聞かされる(っつーかお前はその両手に抱えているチョコと計算ドリルを一旦置いて、息子が欲しがっているゲームソフトを探せ)。

 

ほんで次の日、男同士で「昨日チョコ何個貰った?」「1個」「勝ったー、俺2個!」的なやり取りね。ほんでその2個も母親と姉ちゃんっていう手垢のつきまくったオチまで用意されてるときたもんだ。これが激しく面倒。

負け惜しみでも何でもなく「貰えないなら貰えないで別にいい」と思ってるのに、それが可哀想と映ってしまう昨今。さらにそれを正直に「別に要らない」って言ってしまうことが強がりに見えてしまう昨今。

 

だから「貰えないことは別に悪いことじゃなくて、可哀想でも何でもない」っていう空気がもっと浸透してくれれば、義理でも何でも好きにしてーって思うんだけど、義理チョコって文化がある以上は「義理チョコすら貰えない奴」というレッテルが付いて回るような気もする。

 

あとはやっぱりお返しが面倒。お返しは要らないって人も中にはいるかもしれないけど、貰った側としては貰いっぱなしは良くないって思うし、ご丁寧にまでお返しの日まで用意されてるわけだから、ここはやっぱ返さなきゃって思うことが負担なんだと思う。

「別にお返しとかいいからー」つってくれる人もいるけど、押すなよって言われて押すことが正しいという文化もあるわけで。阪神が優勝したからって飛び込むなよっていうのはもう飛び込めってことじゃん?だから道頓堀があんなことになってるじゃん?

 

もう色々と面倒だから「じゃあ無くしちゃえば?」っていうのが個人的な意見。

でもこれは酸いも甘いも経験してきたオッサンのあれだから、この文化を取り上げられちゃう若い子(特に草食系女子的な人)たちを不憫に思う一面もあったり無かったり。

 

例えばさ、草食系男子がどうこう言われている昨今、女性からアピールすることが不自然でも何でもないような気もするんだけど、自然に女性側から気持ちを伝えられる貴重な日って意味合いは重要じゃないかって思う。

ここで本命だけを許可しちゃうとね、うん。クラスの男子に義理という名目でチョコを配り、中に本命を紛れ込ませるというカッパーフィールドもびっくりのイリュージョンができなくなっちゃうっつーか。

 

駆け引き無しのストレートしか投げられないから、どうしても打たれやすくなるよね。

ここでクラスの男子にチョコを配りまくってたけど、自分のだけに手紙が入ってて「まろにはみんなと違う特別なやーつ」的なシチュエーションだったとしたら、これはもう低めいっぱいのスプリット的なやつでしょ。バシーン決まるやつ。

 

そうやって考えたらあながち義理チョコ文化も悪くないような気もしないでもない。これを無くしちゃったら、自分からガンガンいくようなタイプじゃないんだけど、彼がそっけないから勇気を出して頑張ってみよう系女子が立つステージを奪われちゃうよね。

あなたの好きな彼がガラスの靴の持ち主を探してくれるような肉食系男子なら問題はないでしょう。でも落とし物だーっつって執事のセバスチャンに預けるような人だったらアレじゃん?「はいっ!それ私のっ!はいっ!」っつってオバタリアン(死語)くらいの感じでいかなきゃダメでしょ。

 

てなワケで個人的には義理チョコ文化は悪しき風習としながらも、必要悪に近い存在なんじゃないかって思うわけです。自虐ネタも成立するし、それに対しての「そういうのもういいから…」って冷たいツッコミも成立するっていうオイシイ状況はそんなに訪れませんよ。

あ、ちなみに「お返しは結構です」とか言われて渡されるよりかは「お返し楽しみにしてます」くらいの図々しさがあった方が気持ちいいです。草食系男子改め装飾系男子より。

 

って、ちーがーうーだーろー。なにが装飾系男子や。装飾系っていう方が装飾系だ、ばーかばーか。

頭に芝生のっけとるだけやんけ。いい加減にしろ。